客人日記

どんどんたのしい

生き甲斐とはまた違ったもの

生きるにつけて、悩みや迷いというものは尽きないものである。

これをさも迷いがないように振る舞い語るのは、とても見苦しい。

私は常に迷っている。悩んでいる。

生も死も、等しく無価値である。別にどちらでもいい。どちらでもない方が角が立たなくていい。

しかし、生きているが死んでいる、死んでいるが生きている、なんていうことはあり得ないので、どちらかである必要がある。

こうして白黒つかない世の中に便宜上の白黒がつくのである。

 

写真も、絵も、音楽も、読書も、私にとって死を待つ間の慰みでしかないのかもしれない。

積極的に生きようという気はないし、かといって自ら死ぬ気もない。

そんなぼんやりした気持ちでは居ても立ってもいられないので、慰みが必要になる。

何かを成し遂げようとか、誰かに認められようとか、そういうのは全くないと言っていい。

ただ生きる為、必要に駆られてやっているのだ。

やり切れない、行き場のない心が、爆発してしまわぬように。

 

格好をつける必要もないのであけすけに書くが、私には確信など何一つない。信じるものなんてない。

ただ何かを信じている振りをして、自分を誤魔化そうとしているだけなのだ。

胸の裡に押し隠した、虐げられ、否定され、辛かった思い出から逃れるために、華やかで美しい幻想を作り上げて、その中へ潜り込むのである。

私が何か悪いことでもしたというのだろうか。前世の業というやつか。

ああ、もうそんなこともどうでもいい。

きっと生きるということは、こんなことの繰り返しなのだ。

積み上がった本も、音楽も、壁に掛けた写真も、私の心も、もはや何も答えてはくれない。

ただシャッターを切る乾いた音だけが、一度、二度、三度と響くだけだ。

つれづれなるままに


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つれづれなるままに、日くらし、小窓に向かひて、心にうつるよしなしごとを、そこはかとなく撮りつくれば、あやしうこそ物狂ほしけれ。


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夕、さまざまの所より日、影差し入りたる、をかし。


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人多きに行き違ひたる、わろし。


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おのづから都に出でゝは、乞食となれることをはづといへども、一人ありく時は、他の俗塵に着することをあはれぶ。


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衆人は皆な以うる有りて、我は独り頑にして以って鄙なり。我れ独り人に異なりて、食母を貴ばんと欲す。

 

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されど、俗人の皆な昭昭たるさま見し折、我れ何かはせむとぞ思ゆる。


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もしこれ貧賤の報のみづからなやますか、はたまた妄心のいたりてくるはせるか、その時こゝろ更に答ふることなし。


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ただ、誰ぞ見つくるを願ふばかりなり。

日常 Nikon S4 その2


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今ひとつの懸案事項にぶち当たっている。


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私の装備は今かなり雑多な状況で、一本化されたシステムが無い。

大判はスピグラから中判フジカ、35mmはライカまでその日の気分であれこれ使っている。


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より作品の統一感や作り込みを意識するなら、機材は一本化したほうが良いことは明らかだ。


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そこで、大判ならテヒニカで、35mmならNikon F3P辺りでシステム化して徹底的に使い込むという判断になった。


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しかしだ、システムの構築にはかなり資金が掛かる。それぞれの特性上、作品の傾向は大きく変わるだろう。どこに重点を置いて制作していくか、問題はここに帰結する。

一体どちらにしたものか。


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こうやってあれこれ考えている時間もまた、楽しいのだが......。

日常 Nikon S4 その1

私はだいたいひとりだ。

ひとりで散歩して、釣りに行って、本を読んで、写真を撮って、ギターを弾いて、歌って。毎日気ままに暮らしている。


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たまに中学からの腐れ縁の友人を誘うが、彼も近々遠くへ引っ越してしまうそうだ。

友達を作ることが急務のように思われたが、ひとりの楽しみが如何に豊かであるかを知るに至って、もはや必要なくなってしまった。


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私は自身の調和と自由を最も重んじる。

仕事以外で社会と接することが殆ど無い今、私の心は最も調和がとれており、仕事の時間以外は何をするのも自由なのだ。


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気ままに歩き回って写真を撮って、ごろごろしてるときもあるし、釣り道具を買いに行ったりもする。

切り離されてしまえば社会や他人のことなんて気にもならない。


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こんなに穏やかで、豊かな気持ちになったのはいつ以来だろう。記憶にはないくらいだ。


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目に映るいろいろな人や物が、全て自分の一部のように思えて、その微笑ましい営みがこの上なく、愛おしいのだ。


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ああ、こうして歳をとってあるとき、誰もいない畳の部屋で、明日がこないことを知るんだろうな、とふと思った。

写真の日 二周年

2018年6月1日に開設した当ブログ、二周年ということになる。

写真の日に始めた写真ブログ、なんだかんだで続いているようだ。ゲン担ぎというのはしてみるものなのかもしれない。

 

差し当たり、写真について個人的な所感を述べてみようと思う。

写真とは真に不思議なものである。

それ自体は極めて現実的でありながら、写真を撮るまでの作業というのは極めて形而上的なのである。デジタル化された今日に於いては必ずしもとは言えないが。

写真に対する大まかなスタンスの違いとして、この認識の違いがあろう。飽くまで現実のものとして捉えるのか、形而上のものとして捉えるのか。私は後者であるので、これについて少し詳しく書いてみる。

 

私は殆どフィルムでのみ撮影している。

大した理由は無い。フィルムカメラがかっこいいからだ。

然し敢えて言うなら、面倒な作業ひとつひとつを儀式として捉え、かかる儀式はシャッターを切った瞬間に成就するものとするならば、フィルムが最適だろうと思っている。

 

写真を形而上のものと捉えるならば、何より精神論が主となる。如何なる文化も精神性の上に立脚している。精神性、倫理観を端的に表現しているものと言えば宗教である。

日本では古来より、万物に魂が宿るとされる。そして万物に宿った魂、心を写しとるのが写真なのである。

それはまた、己自身の魂、心を写しとることでもある。

被写体に対してただ見るだけでなく、己が心眼で近づかねばならない。

そうして初めて、被写体の心と自らの心が触れ合う。その瞬間、シャッターを切るのだ。

 

そんな気持ちで撮影に挑むと、己が一挙手一投足にも魂が込もりはじめる。ひとつひとつの動作毎に祈るような気持ちが込み上げてくる。神や仏に祈るというのではなく、ただ漠然とした、被写体と通じ合いたいという願望だろうか、強い情念のもと、撮影に挑むのだ。


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私にとって写真とは祈りである。

私の魂が森羅万象と共にあるよう、祈りながらシャッターを切る。

役目を果たした物たちの心が私と共にあるよう、祈りながらシャッターを切る。

日常 Speed Graphic 4×5 その1

錆びた鉄板

滲んで染めた

しばらくは眠いまま


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冷蔵庫の鳥

風邪を引いて

頭が痛いそうだ


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朝からの雨

畳のちょっかけ

えのきだけ


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熱いというより少しぬるめ

歩けば濡れる

たぶん聞こえないだろう


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もう殆ど忘れた

思い出せない

そのようなものだ