客人日記

どんどんたのしい

時間 Nikon S4とCineStill 50D

時が経てば、人も世の中も変はる。

それは仕方のないことだが、なんとなくやるせなくなるときもある。

人が思ひ出を糧に生きていく限り、避けやうもないことだ。


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駅へ向かふ途中、古い民家がとり壊されてゐた。


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変はらないと思つてゐた私の町も、気付けば新しい家やマンシヨンが建ち、知らない人も増えた。


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重機によつて、めきめきと柱や天井や床がへし折られ、瓦礫としてトラツクに載せられる。古いステンレスの浴槽が、悪足掻きでもするやうにトラツクの荷台から転げ落ちる。


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土埃を舞い上げて軋み、爆ぜるのは、ある時代の終わりの号砲か。それとも、新しい時代の足音か。


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はやけに澄んで、雲が足早に流れてゆく。


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かつて家だつたもの。


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淡々と作業は進む。さう、淡々と時代は進んでゆく。だう足掻かうがだうしやうもないことなんて幾らでもある。変はらなければ、先へは進めないのだ。

だが、私の思ひ出は変はらない。私の中で、私の町は変はらない。同じやうに人々の思ひ出の中に、町は、人は、すべては、生き続ける。それで良しとしやうぢやないか。

本当の良さつて云ふものは、形を変へても、場所が変はつても、例へ無くなつてしまつても、何処かで生き続けるもんさね。

だから、私は今を生きやうと思ふ。心配事なんてないよつて、自分に言ひ聞かせながら。