客人日記

どんどんたのしい

驕らず、抗わず、退く術知らず

長く続いた憂鬱と葛藤。

もう私の心は限界に来ていた。

眠れぬ夜の明け方、私は搾りかすのようなやる気を奮って、山を見に行った。そして、大切な人に会うために。

 

その人は、私の顔を見るなり「さあ、行こう。」と、色々な所へ連れて行ってくれた。何処からでも山は見えた。

 

なんとなく持ち出したカメラ。首からぶら下げて歩くが、一向にシャッターは下りない。撮りたい気持ちが湧かない。露出計も忘れた。


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しかし、少し暑いくらいの陽気に浮き彫りになった自然を見ているうちに、ふとカメラに手が伸びた。コトリ。シャッターが下りる。


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清水が滔々と流れ、風はそよぎ、天は私の頭上から何処までも高く続いていた。すべてが透き通って見えた。

清冽な時間が、私の心をゆっくりと解きほぐしてゆくのが感ぜられた。


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透き通った水底に映った自分の影を、しばらく見ていた。

 

中食をとり、原っぱでまどろんでいるうちに、秋の陽は傾き始めた。


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山影と雲の合間を裂いて、陽が差し込む。まるで光の階段が山の向こうへ、空の向こうへと続くように。

そうだ、写真を撮ろう。


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立ち位置はこっちで、一段絞ってみよう。やっぱそっちかな、いやまだ絞ろう。ひょっとしたら全部真っ黒かもね。言いながら、私は笑っていた。


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夕陽が見たい。私がそう言うと、黙ってある場所へ連れて行ってくれた。私が一番好きな場所。何でもない畔道だけど、なんだか素敵な場所。


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折り重なった尾根のちょうど狭間に、落ちゆく陽は最後の光を燃やしていた。

菜の花の季節ではないが、入り日が薄れ、見渡す山の端は霞深く、少し冷たいそよ風が吹いていた。


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山の頂から湧き出づるむら雲が、段々とその密度を増し、赤く燃える山の狭間から迫ってきた。


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振り返ると夏の雲があった。夏が終わった、秋が来た。

 

あっという間にフィルムは残り僅かとなっていた。撮っては巻き上げ、撮っては巻き上げ、一心不乱に何かを撮ろうとしていた。このとき、私は気付かなかったが、すでに私の中で何かが大きく変わっていた。


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このとき、全てが終わった。

そして始まった。

 

撮りたかった何かは写っていなかった。これからも写ることはないだろう。思い通りにならないことなんて幾らでもある。だけどそれでいいんだ。また写真が撮れたこと、それだけでいい。今を感じ、表現しようとしたこと、それでいい。全部それでいいんだ。

 

過去に驕らず、未来に抗わず、今を退く術を知らず。

私はそうやって、今をただ全力で生きようと思った。今を精一杯感じ、精一杯表現する。思うままに生きる。悩むときはとことんまで悩めばいい。だけど逃げるときは逃げろ。助けを求めろ。絶対死んじゃ駄目だ。そうすればいつか、わかるときがくるから。そう確信したから。

私を檻に閉じ込めていたのは私自身だった。気付くのが遅すぎたかもしれない。

 

夜風にふかした煙草が少し、目にしみた。