客人日記

どんどんたのしい

所感

不図、思つたことがある。

私にとつて写真つてなんなんだらう。グループ展の開催も相まつて、さういふことを考へる。


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単純にカメラが好きだ。カチャカチャ弄つてはあれこれ考へながら撮る。そんな時間が好きだ。

カメラをぶら下げて歩くと、色々なものが感覚を刺激する。まるで子供たちのかくれんぼのやうに、そんな瞬間をフイルムに焼き付ける。


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静寂を


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悠久を


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憧れを


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寂しさを


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信仰を


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温もりを

私なりのやり方で表現する。

 

撮りたくても撮れないものも沢山ある。

日本庭園、舞ひ、祭、花火、蛍、山、人生、幸せ、神様。

まだまだ沢山ある。上手くなれば撮れるのかは判らない。

でもこれだけは確かに言へる。

まずはその時間や空間を心一杯に感じることが一番大切なんだ。

その上で、カメラを構へるかだうかは考へればいい。

蛍や花火の美しさは音、時間、空間を使つた全体的表現としての儚さにある。どれだけ撮つたつてその儚さは写らないんだ。それら自身が至上の芸術なんだ。その美しさを心に焼き付けたいなら、大切な誰かと観た方が良い。

そしてその心が、また新たな写真を生むんだ。さうやつて、写真以外の芸術から多くのものを取り入れることが出来るのもまた、写真の魅力なのだ。

 

儚い美しさをだう表現するか。時間や空間をだう表現するか。今後私は私に問ふてゆきたい。久しぶりに三島由紀夫でも読まうか。