客人日記

どんどんたのしい

今回の記事は考えたこと、気付いたことをまとめて記しておくものである。

私の芸術論、ひいては人生論ともなろう。

誰かの役に立つことができれば嬉しい。

 

 

人は身体を使って何かをする。この身体の使い方を「技(わざ)」と呼ぶ。

その技の用い方や目的を「術(すべ)」と呼ぶ。

術を学ぼうとすると、人は迷う。迷い、再び術の為に技を磨くのである。

それらが合一したときに、それらは「技術」となり、技術によって他人に喜びや感動を与えることを「芸」と呼ぶ。

しかして芸は一時のものであり、人はまた迷う。迷ってまた技を磨き、術を学ぶ。

この繰り返しが「道(どう、みち)」である。

道に終わりはない。道とは、言わば生き様そのものと言えよう。

道には何故終わりが無いのか。それは、他人の心の中にずっと続いてゆくからである。

人々に深い喜び、深い感動を与えること。それによって、人々の心の中に道は延々と続いてゆく。

その道が迷える人々を導く力をもつこと。これを「法」と呼ぶ。

この法力を無限に高めることが、人生において最大の目標と言えるだろう。

 

分かりやすく、私と写真を例えに用いてみよう。

カメラを操る能力。露出やレンズの特性を理解すること。これが「技」である。

それを以て、何をどう撮るか。これが「術」。その為にまた、カメラを操る技を磨く。

出来上がった作品によって、人々に感動を与えることができれば、「芸」として成就する。

この芸の積み重ね、ひいては生き様そのものが、私の歩んできた「道」となる。

 

では、道はどうやって「法」として成就するのか。

ここからは私の想像と願望である。

私が天命を全うしこの世を去ったとき、誰かがその白木の箱に向けて、「彼に出会えて良かった。」そう言ってくれたとき、私の道は初めて法として成就するものと考える。

そしてそれから私の作品を観た人の心がまた、無限の法力を生むのである。

 

私はその為に精一杯生きようと思う。いつか、迷える誰かの道標となれるよう。人々に無限の法力を与えられるよう。