客人日記

どんどんたのしい

生き甲斐とはまた違ったもの

生きるにつけて、悩みや迷いというものは尽きないものである。

これをさも迷いがないように振る舞い語るのは、とても見苦しい。

私は常に迷っている。悩んでいる。

生も死も、等しく無価値である。別にどちらでもいい。どちらでもない方が角が立たなくていい。

しかし、生きているが死んでいる、死んでいるが生きている、なんていうことはあり得ないので、どちらかである必要がある。

こうして白黒つかない世の中に便宜上の白黒がつくのである。

 

写真も、絵も、音楽も、読書も、私にとって死を待つ間の慰みでしかないのかもしれない。

積極的に生きようという気はないし、かといって自ら死ぬ気もない。

そんなぼんやりした気持ちでは居ても立ってもいられないので、慰みが必要になる。

何かを成し遂げようとか、誰かに認められようとか、そういうのは全くないと言っていい。

ただ生きる為、必要に駆られてやっているのだ。

やり切れない、行き場のない心が、爆発してしまわぬように。

 

格好をつける必要もないのであけすけに書くが、私には確信など何一つない。信じるものなんてない。

ただ何かを信じている振りをして、自分を誤魔化そうとしているだけなのだ。

胸の裡に押し隠した、虐げられ、否定され、辛かった思い出から逃れるために、華やかで美しい幻想を作り上げて、その中へ潜り込むのである。

私が何か悪いことでもしたというのだろうか。前世の業というやつか。

ああ、もうそんなこともどうでもいい。

きっと生きるということは、こんなことの繰り返しなのだ。

積み上がった本も、音楽も、壁に掛けた写真も、私の心も、もはや何も答えてはくれない。

ただシャッターを切る乾いた音だけが、一度、二度、三度と響くだけだ。